大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和57年(ワ)309号 判決

原告

株式会社 岡証

右代表者

片岡健治郎

右訴訟代理人

岸本五兵衛

被告

昭環運輸株式会社

右代表者

芝康秀

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一原告が証拠として甲第一号証(本件手形)を提出していることから請求原因一〈編注・約束手形一通を所持していること〉は明らかであり、嵯峨山栄二が、昭和五七年一月二七日辞任するまで被告会社の取締役であつたものであり、被告会社が昭和五六年六月一三日商号を「深江運輸株式会社」から現商号に変更するまで、その代表取締役であつたことは当事者間に争いがないところ、証人長谷川宏の証言によれば、嵯峨山栄二が、昭和五六年一〇月三一日、振出人を「深江運輸株式会社代表取締役嵯峨山栄二」として本件手形を振り出したものであることが認められる。

ところで被告会社が商号変更の登記をした後も、依然として旧商号を用い、旧商号により手形を振り出す権限を取締役である嵯峨山栄二に与えていた場合には、被告会社は旧商号を自己の通称として用いたものとして、旧商号により振り出された本件手形について責任を負うべきものと解されるけれども、前記甲第一号証(本件手形)の振出人である「深江運輸株式会社代表取締役嵯峨山栄二」の肩書地は「神戸市東灘区魚崎南町八丁目五―四」となつているのに、真正な公文書と推定すべき甲第二号証(商業登記簿謄本)によれば、被告会社の本店は、代表取締役の交替と商号の変更にともない昭和五六年六月一五日、「神戸市東灘区深江本町三丁目八番二五号」から「神戸市長田区長田天神町四丁目四番一号」に移転しているのであつて、被告会社が商号の変更にもかかわらず、依然として、旧商号を通称として用いていたとは認められない本件においては、手形上の記載だけからすると、本件手形の振出人と被告会社との間に同一性を認識しがたいものがあるのみならず、本件においては、被告会社が嵯峨山栄二に対し、「深江運輸株式会社代表取締役嵯峨山栄二」として本件手形を振り出す権限を与えたとの主張もなく、また、これを認めるに足りる証拠もない。

二原告は、被告会社としては、取締役であつた嵯峨山栄二が振出人を「深江運輸株式会社代表取締役嵯峨山栄二」として本件手形を振り出すのを防止する義務あるのに、これを怠つた過失があると主張するところがあるが、商法一二条による退任後の代表取締役嵯峨山栄二の手形行為についての被告会社の責任をいうものと解しても、被告会社が商号の変更にもかかわらず、依然として、旧商号を通称として用いていたとは認められない本件においては本件手形記載からみて、本件手形の振出人と被告会社との間に同一性を認識しがたいものがある以上、にわかに商法一二条にいう「正当の事由」があるとはいえず、他に同条にいう「正当の事由」について、これを是認するに足りる主張も立証もないのであるから、同条による被告会社の責任を問題とする余地がないし、また、不法行為責任をいうものと解しても、果して原告のいう過失が被告会社にあるかどうか、本件においては、これを積極に認定するに足りる証拠もない。

三よつて、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、理由がないから棄却することとし、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。 (阪井昱朗)

手形目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例